感動体験提供の歴史

1960年創業

SEGA

旧(株)セガは、1960年に業務用アミューズメント機器事業を祖業として誕生しました。その後、アミューズメント施設分野、家庭用ゲームソフト分野等へと領域を拡げながら、時代の先端を行く製品群を世に送り出してきました。革新的な製品を生み出すDNAは、今も受け継がれています。

1960 国産初

「セガ1000」
国産初のジュークボックスを開発

前身のサービス(SERVICE)・ゲームズ(GAMES)社を圧縮した「SEGA」がはじめて使用され、後に正式社名となりました。

「セガ1000」©SEGA

写真:セガ1000

1985 世界初

「UFOキャッチャー」発売

クレーンを操作し、景品を獲得するクレーンゲーム。クレーンの形状がUFOに似ていることが製品名の由来です。

「UFOキャッチャー」©SEGA

写真:UFOキャッチャー

1993 世界初

世界初業務用3D-CG格闘ゲーム機
「バーチャファイター」登場

第1作は、アーケードゲームとして稼働開始し、セガサターン(セガのゲームコンソール)版が大ヒットを記録。

「バーチャファイター」©SEGA

写真:バーチャファイター

1995 世界初

セガ/アトラス
「プリント倶楽部」登場

自分の写真を撮影したシールを得るプリントシール機の先駆け。類似した機械が多数発売され、若い女性を中心に社会現象を巻き起こしました。

「プリント倶楽部」©SEGA

写真:プリント倶楽部

1998 世界初

家庭用ゲーム機
「ドリームキャスト」発売

世界ではじめてインターネット通信機能を実装した画期的なゲームコンソールでしたが、競争激化によりこれを最後にハードから撤退しました。

「ドリームキャスト」©SEGA

写真:ドリームキャスト

2000 業界初

家庭用ゲーム機初のネットワークRPG
「ファンタシースターオンライン」発売

現在では一般的な家庭用ゲーム機用のオンライン対応を日本ではじめて実装。これまで様々なプラットフォームにタイトルを発表し、ロングセラータイトルになっています。

2003 業界初

業界初キッズ向けカードゲーム
「甲虫王者ムシキング」登場

小学生低学年までの男子に爆発的ヒットを記録し、キッズカードゲームという新たなマーケットを切り拓きました。

「甲虫王者ムシキング」©SEGA

写真:甲虫王者ムシキング
1975年設立

Sammy

サミー(株)は、1975年の設立以来、業界最先端の遊技性を備えたパチスロ・パチンコ遊技機を生み出し、遊技機市場の発展を牽引してきました。社是に掲げる「積極進取」をエンタテインメントの地平を切り拓く指針とし、開発・製造・営業などあらゆる事業活動で実践しています。

1979 業界初

ブラウン管モニターを
採用した「TV雀球」を発売

麻雀とパチンコの遊技性を融合した「雀球」に、はじめてモニターを搭載したのはサミーでした。

「TV雀球」©Sammy

写真:TV雀球

1989 業界初

シングルボーナス集中役搭載の
パチスロ遊技機「アラジン」発売

業界ではじめてシングルボーナスが高確率で揃う「集中役」を実装。その後のパチスロブームの火付け役となりました。

「アラジン」©Sammy

写真:パチスロ遊技機「アラジン」

1997 業界初

キャラクターを採用したパチスロ遊技機
「ウルトラセブン」発売

この機種が先駆けとなって、なじみのあるキャラクターの採用拡大による遊技性の多様化、プレイヤーの裾野拡大に繋がっていきました。

1999 業界初

液晶を搭載したパチスロ遊技機
「ゲゲゲの鬼太郎」発売

現在のパチスロ遊技機の演出には欠かせない液晶画面を搭載したのもサミーでした。

2003 記録更新

パチスロ遊技機
「パチスロ北斗の拳」発売

先鋭的な遊技性とアニメとのタイアップ、液晶演出といったサミーの「積極進取」が凝縮された機種です。約62万台というパチスロ遊技機販売記録は、現在も更新されていません。

「パチスロ北斗の拳」
©武論尊・原哲夫 ©Sammy

写真:パチスロ北斗の拳

2008 記録更新

パチンコ遊技機
「ぱちんこCR北斗の拳」発売

新開発体制に移行してはじめて市場に投入した同タイトルは、26万台の販売台数を記録し、自社のパチンコ遊技機販売台数記録を更新。

「ぱちんこCR北斗の拳」
©武論尊・原哲夫/NSP 1983, ©NSP 2007

写真:ぱちんこCR北斗の拳