コラム
持ち前の〝負けん気〟で目指すパリオリンピック フェンシング/菊池小巻さん
- スポーツ
- その他
セガサミーグループは『感動体験を創造し続ける~社会をもっと元気に、カラフルに。~』をミッションに掲げ、そのミッションを達成するための重要な手段の一つとして各種スポーツ活動を支援しています。
今回はセガサミーホールディングス株式会社に所属し、業務とフェンシングを両立しながら活躍するアスリート社員 菊池小巻さんにインタビューしました。
フェンシングを始めた経緯やセガサミーグループに入社を決めた理由、そして、セガサミーの看板を背負い出場を目指す2024年パリオリンピックへの覚悟を伺います。

フェンシングを始めたキッカケ
フェンシング特有の剣と剣が激しくぶつかり合う音や、床の上を軽快にステップする音。
菊池さんにとって、それは〝日常〟でした。
「父がもともとフェンシングをやっていました。その影響で父がコーチを務めるクラブで兄と姉も競技を始めて、私も物心ついた頃には(フェンシングを)始めていました」
本格的に始めたのは4歳からと話す菊池さん。
「以前から兄姉達の練習を見に行ったりしていました。フェンシングの剣は硬くて重いので、(小さい頃は)プラスチックの剣を使って、フットワークの練習に交じっていた記憶があります」と、当時を振り返ります。
しかし、家族の影響で始めたフェンシングも、最初から好きだった訳ではないと言います。
「辞めたいと思ったことも一度や二度じゃありませんでした。7歳上の兄と5歳上の姉と比べられることも多くて・・・。普段は優しい父や兄姉が、いざフェンシングになると急にキリっとなる瞬間も好きじゃなかったです。負けることもとにかく嫌で、負ける度に『辞めたい』と思いました」
菊池さんのご兄弟はフェンシングでインターハイを制するなど、数々の功績を残していました。菊池さんは持ち前の負けん気の強さでそんな兄弟に食らいつき、自らも才能を開花させていきます。
フェンシングのために上京し、進学した専修大学時代には世界ジュニア選手権大会で優勝。初めての世界タイトルを手にし、自信を得たことで本格的に〝世界〟で戦うことを決意したと話してくれました。

セガサミーグループの一員として
JOC(日本オリンピック委員会)主催の就職支援活動がきっかけとなり2019年にセガサミーホールディングス株式会社に入社した菊池さん。
「(セガサミーグループは)スポーツに力を入れていて、アスリートの背中を押してくれるイメージがありました。ご支援していただけたらと思い、入社を決断しました」
入社後は、総務本部コミュニケーションサービス部に配属。すぐにコロナ禍になった影響で、フェンシングのみならず、業務の面でも思うような活動ができていませんでしたが、セガサミーグループに対するイメージは入社前と変わらないと言います。
「何度かセガサミー野球部の応援にもうかがいましたが、チームも応援もすごく温かい印象でした。私もセガサミーグループに貢献していきたいと思います」

菊池さんは、月曜日から金曜日までは午前中3時間、午後4時間のトレーニングを行い、リカバリーに充てている水曜日の午後のみ会社に出勤しています。
「(業務の面で)自分ができることは少ないです。会社の受付で販売しているグッズのプライスカードを作ったり、ちょっとしたことしかできていないですが『フェンシングで結果を出すことが「恩返し」になる』と、信じています」
だからこそ、2020年東京オリンピックの代表から漏れた瞬間のことは、今でも頭に残っていると話します。
「練習場で(代表選手の)発表を聞いていましたが、その瞬間は立てませんでした。その日が金曜日で、土曜日、日曜日とずっと放心状態で家にいました。涙を流して、塞ぎ込んで。月曜日から練習を再開しましたが、気持ちを切り替えられずになんとなくやっていました。コロナ禍で海外遠征や試合もなく、しばらく塞ぎこんだままの状態でした」
オリンピックに向けて
2年後に迫ったパリオリンピック。今、菊池さんは前を向いています。
「次にパリオリンピックがあると思ったら、切り替えないといけない。(オリンピックは)一番の目標にしている場所なので」
オリンピックで成績を残すには、日本よりもフィジカルで上回る〝世界〟を相手にしなければなりません。特に日本人は身長が低い分、大きな外国人の懐に飛び込んでいくことが肝となります。フットワークを向上させるために下半身を重点的に鍛える一方、〝メンタル面〟の影響も軽視できません。
「運動が苦手でも勝てるのがフェンシングの面白さ。いかに技を組み合わせて有効面を突けるかが勝負になるので、戦術も大事。そうなると重要になるのが、メンタル面です」
2016年にフランスから招聘したナショナルチームのヘッドコーチ、フランク・ボアダン氏の「フェンシングは、8割がメンタルだ」という言葉は、常に菊池さんの頭にあると言います。
「今も課題なのですが、コーチに『日本人は優しすぎる。もっと強い気持ちで戦え』と言われています。たしかに海外の選手はそういった部分が強いです。私は、1つ自分でこうやろうと決めていたことができなかったり、技を決められたりすると、それを引きずってしまうことがあります。フェンシングは試合展開が早いスポーツで、すぐに流れを持っていかれてしまうので、ズルズル引きずらないことが重要です」
一時期はメンタルサポートのトレーニングも受けましたが「自分には合わなかった」と、今は実戦を重ねながらメンタル強化する方法を選択。
「とにかく練習の時から試合のように強い気持ちを持ってやることが一番だと思っています」

一つひとつの動作が「キレイ」と表現されることが多い菊池さんのプレースタイル。
「シンプルな技で(点を)取るスタイルは、父が作ってくれた土台。今はそこに色々な技を重ねて、シンプルだけど、応用もできるというスタイルで戦っています。」

最後に今後の意気込みを聞いてみると、
「海外遠征、競技生活ができているのは会社のおかげですし、結果でしか恩返しできない。セガサミーを背負って世界、そしてオリンピックで名前を出していきたいです」
悔しい思いを乗り越えて、より強い気持ちを持って2年後のパリオリンピックを見据えていました。